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ヴォン・ダッチの元デザイナー、クリスチャン・オードジェー氏
「リーバイス」「ディーゼル」「ヴォン・ダッチ」の元デザイナー、クリスチャン・オードジェー氏(47歳)が05年1月に設立したヴィンテージ・タトゥー・ウエアの「エド・ハーディー」(05年秋からブランド名を「エド・ハーディー・バイ・クリスチャン・オードジェー」と改名)。
ブリットニー・スピアーズ、パリス・ヒルトン、ブラッド・ピット、レオナルド・デカプリオなど、多数のセレブに注目を浴びるLA発のセレブファッション・ブランドとして、絶大な人気を誇っている。
著名タトゥー・アーティストのドン・エド・ハーディー氏の作品を、キャップ、Tシャツ、デニム、ジャケットなどに、刺繍やプリントで施した斬新なデザインが魅力で、コンセプトは、美しい自由なアートをそのままライフスタイルに表現すること。
現在の“LAセレブファッション”の流行をオードジェー氏が作ったと言っても過言ではないだろう。そんなファッションリーダーのオードジェー氏に独占インタビューしてみた。
セレブのパワーを生かす
藤本:ロサンゼルスのセレブファッションは、現在、米国をはじめ、日本、ヨーロッパ、世界各国で人気となっています。このブームを作ったのはクリスチャンだと聞いたのですが、LAセレブファッションについて教えて下さい。
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2002年のある日、「Von Dutch」の映画を作ろうと話しているある男に出会った時に、「Von
DutchをLevi’sみたいに世界的にメジャーにする自信が僕にはあるね」とその男に言ったんだ。
そしたら、その男は「何を言っているんだ」っていう顔をしていたけど、アメリカでいくつかのブランドのデザインを手がけた経験から、僕にはアメリカの市場で何が受けるのかが分かっていたんだ。
それは、“セレブに受けるブランド”なんだよ。そして、魅力的なアクセサリーが市場に足りないってことに気がついたんだ。
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| そこで、「Von Dutch」に興味を持った僕は、「Von
Dutch」のヘッドデザイナーになって、ロゴの色を変えたりしながら、キャップとTシャツのデザインを始めたんだ。 |
僕の友達のブリットニー・スピアーズ、パリス・ヒルトン、ニコル・リッチーとかに電話をして、その商品を見せたら気に入ってくれてね。そしたら、世界的に“LAセレブファッション”のブランドとして大きくなったってわけさ。「キットソン」(日本人の女の子にも人気のLAのセレクトショップ)がメジャーになったのだって、僕のおかげじゃないのかな〜(笑)。
僕が「Von Dutch」を3年経って辞めたら、「Von Dutch」を気に入っていた僕の友達(セレブ)みんなが僕の後をついてきてくれて、今は「Ed
Hardy」のファンになってくれているよ。
だから、今、LAセレブファッションの代表と言ったら、「Ed Hardy」だろう?(笑)
藤本:セレブファッションのきっかけを作った「ヴォン・ダッチ」を辞めて、「エド・ハーディー」を立ち上げた理由は?
8ヵ月前に「Von Dutch」を辞めたんだ。理由は自分のブランドを立ち上げたかったから。
アメリカでタトゥーの巨匠と呼ばれる、タトゥー・アーティストのドン・エド・ハーディーのアートをモチーフに、僕自身がデザインして「Ed
Hardy」を今年2月にデビューさせたんだ。タトゥーには子供の頃から興味があって、20年前にインドネシアのバリ島へ行った時に、初めて腕にタトゥーを入れたよ。ほら、この白いオーキッドがそうさ。古いからそんなによくないけどね。
藤本:ドン・エド・ハーディーとは、どういうふうに出会ったのですか?
彼はタトゥーの“ゴッドファーザー”だからね。ヴィンテージ・タトゥーをモチーフにしたブランドを立ち上げようと決めた時に、すぐに彼の名前が頭の中に浮かんだよ。
彼のタトゥーはクオリティ、モチーフからカラーまですべて最高だからね。色鮮やかなタトゥーは魅力的だよ。だから、絶対に彼と服を作りたいと思って、いきなり彼に電話して会ったんだ。
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藤本:「エド・ハーディー」をスタートさせる前にこれまでにどんなブランドを手がけてきましたか? 19歳の時に米国スポーツウエア・インターナショナル誌で“King
of Jeans(ジーンズの王様)”って呼ばれたこともありましたよね?
僕は南フランスの出身で、16歳の頃から服のデザインを始めたんだ。主に手がけてきたのはジーンズのデザインだけど、「Levi’s」、「Fiorucci」、「Diesel」、「Bisou
Bisou」、「American Eagle Outfitters」、 「Naf Naf」、 「Kookai」、「Liberto」、「Lee」、「Von
Dutch」など、これまでに数々のブランドのデザイナーをやってきたんだ。
僕が生まれ育ったところはアビニョンといって、とても小さな町なんだ。自分のブランドを立ち上げる夢を実現させるには、大きな国、アメリカだ!って、アメリカに移住することを決めて、2000年にLA(ロサンゼルス)へ引越して来たんだ。
そしてすぐに、「American Eagle Outfitters」のヘッドデザイナーになったんだ。Tシャツからアクセサリーまでデザインをすべて担当していたんだけど、ニューヨークが本社だったから、何度も往復するのが大変で辞めたよ。
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その後は、「Bisou Bisou」、「XOXO」とか、いくつかのブランドを渡り歩いて、「Von
Dutch」にたどりついたんだ。
で、さっきも言ったとおり、自分のブランドを立ち上げる決心がついて、今年、晴れて自分のブランドをデビューさせることができたというわけさ。
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